もう仕事に行けない・・・!

「うつ病復帰」から地獄の闘いへ

「私の人権を認めて!!」 名づけて“プロジェクトU”!?
テーマソングは中島みゆきの「地上の星」かな?

第1章 「うつ病は心の風邪」〜いつ、誰が罹ってもおかしくない!〜 | 第2章 もう仕事に行けない…!「うつ病復帰」から地獄の闘いへ | 第3章 うつ復帰からの地獄の闘い 〜その後の話〜 | 第4章 うつ復帰からの地獄の闘い〜とりあえずの完結編〜 | 第5章 うつ病からの生還 〜その後の話〜


職場復帰への不安を振り切って・・・

 復帰に対しては、それはそれは、重大な決心が必要でした。不安に押しつぶされそうでした。何しろ、私の席の向かいには、無能な、見るのも不快な上司(係長)がいる。年度替りで「ソイツが異動しないかな・・・」と祈り続けていました。

 と、なんとソイツは1年で異動したのです。しかも降格されて。「人事はちゃんと見ててくれたんだなぁ〜。やっぱり神様っているよ、真面目にやってればいいことあるのさ♪」と思い、職場にカムバックしたわけですが、しかし・・・

 「あなたには荷が重過ぎます」復帰して数日後、仕事の進め方について意見した時の課長の言葉でした。仕事からはずされたのです。仕事に関して、私にだけ意見を求められない、何を言っても聞く耳を持たない。今まで仲良くやっていた(と思っていた)上司に裏切られた…。

 「私は、この職場に来て結構長いのよ、アンタより経験あるのよ、なぜ私じゃいけないの? うつ病になったから? それって差別じゃない? 戦力外ってこと? 私を頼ってくれている人たちを見捨てるつもり?」

 ああ、今にして思えば高すぎるプライド。そんなものもうつ病の原因だったかもしれません。が、私は自分が職場から「捨てられた」と思いました。うつ病になる前は無能な上司に代わって相当の量の仕事をしてきたのですよ? 毎日遅くまで残業して何とか期限までに書類を上げたんだ。私がやらなきゃ間に合わなかったんだ。その努力は認めてくれないワケ? 私に対する言葉遣いも乱暴で、それが人に対する言葉使い? 私は人として認められていないワケ? 病院にいたときのほうが「一人の人間」として大切に扱ってもらった…

 いくら頑張ったって「使い物」にならなくなればアッサリと切り捨てられるのだ、恩を仇で返すひどいヤツ! そう、思わざるを得ませんでした。悔しい・・・。やっぱり、こんな役立たずな私はこの世にはいらないんだ・・・。

再び転落・・・奈落の底へ

 もう、それからは人間不信です。何しろ、信じていた人から裏切られた。しかも、年度替りの異動で、私の一番の理解者までもが異動してしまったのです。私は孤独でした。広い宇宙にただ一人放り出されたような気分…

 年度初めこそ、仕事の進め方などに対していろいろ意見(反発)もし、孤軍奮闘していた私でしたが、次第にそんなエネルギーも失せていきました。

 さらに、追い討ちをかける「事件」がありました。新しく来た係長が、私の入院していた病院をバカにする発言をしたのです。忘れもしない“平成15年5月27日14時55分”(←click!)「今の言い方、何ですか! 私、ひどく傷ついたんですけど!」の一言も言えなかった自分が不甲斐なかった…。

 職場に居ること自体が耐えられなくなり、ある朝目覚めると体がずっしりと重く、起き上がることができない…あの、イヤ〜な感覚がよみがえりました。

 「ええい、今日は休む!」そう割り切ることができるようになったのは、私にとって大きな成長だったのだと思います。夫に職場へ連絡してもらい、休みました。自分では職場に電話することもできないくらい、心が、体が、職場へ行くのを拒否していました。

再び・みたび仕事を休む

 その日、重い体を引きずるように病院へ行き、「3週間の自宅療養を要する」との診断書を書いてもらいました。そして、仕事を休んで、自宅で自由気ままに過ごしました。不思議なことに診断書を受け取ったその瞬間、体も気分も軽くなるのを感じたのです。「当分、あのイヤな職場に行かなくてもいいんだ」という解放感!

 休みに入ってからは思いのほか早く体調が回復し、『すずめ踊り』を始めたのもその頃でした。しかし3週間の休みはあっという間でした。復帰の日が近づくと、例によって押し寄せる不安感…体が重い…息が苦しい…

 復帰初日、「事務室に入れない」と思いました。事務室の入り口でしゃがみ込みそうになりました。すると後ろから同僚に「おっはよ♪」と背中を押され、つんのめるように事務室に入ってしまいました。が…おし黙ったまま1日が過ぎていきました。…なぜなら、私のいない間に職場の雰囲気は変わっていたのです。みんながバラバラに動いている。職員間の連絡・連携もあったもんじゃない。いつ誰が何しているのか分からない。空気はピリピリし、ギクシャクした人間関係。みんな大人だから表には出さないけど、AさんとBさんは険悪ムード、「アタクシ、1年で異動するからよろしく♪」などとやる気なし。Cさんにいたっては「明日にもポックリ逝くかも知れないから」と、自分をあてにするなと予防線を張っている。

 いったい、どうしたというのでしょう? 私の一件が端を発し、ここまで職場が崩壊したのでしょうか。「結局、課長の管理能力のなさがこんな状況を招いたんじゃないの! 私が悪いんじゃないのよね!」と確信したのでした。

 とりあえず自分の事務の仕事だけしよう。「事務連絡に行ってきます」と職場を出て、本庁舎へ。用事を済ませた後、医務室に行き、話を聞いてもらったり、休ませてもらったりして、なんとかしのいでいました。まるで毎日が綱渡りのよう。

 日ごろの不満と虚しさは、心の中にどんどん蓄積していたようです。家に帰ると酒を飲み、薬も飲み、リストカットしました。ある日、医務室に行った時にリストカットのことを咎められ、それ以来、医務室にも足を踏み入れることができなくなりました。

 再び仕事に行けなくなり、診断書を書いてもらって休みました。やはり3週間。なぜなら、1ヶ月を過ぎると復帰時に産業医の診断が必要になり、再び医務室に行かなければならないからです。

仕事を「捨てた」日

 もう、これ以上この職場にいることは不可能だ…でも、異動の内示はないし。年度途中でも、1日も早く異動したいのに。比較的異動の多い10月1日にも何の連絡もなく過ぎていきました。

 私は「仕事を捨てる」決心をしました。ただ出勤だけして、給料さえもらって、一家を養っていければいい。本当に必要な最低限のことだけやっていればいい。今までは親切に気を回して世話を焼きすぎたんだ。みんな、自立してよね。冷たく突き放す私。

 「やる気のない公務員が増えるワケ」が分かった。勉強になった。今の仕事のしかたは、完全には納得していないけど、長い人生、そういう時もあるさ! そのうちまたバリバリ働ける日がきっと来るさ!

 まだ、闘いは続いています。上司には謝罪を求めたい! 弁護士にも相談することにしました。やっと、そこまでの体力が戻ってきたな、と感じます。

 状況が好転したら「完結編」を書きますので、お楽しみに。  完結編じゃないけどまだ続く… >>

第1章 「うつ病は心の風邪」〜いつ、誰が罹ってもおかしくない!〜 | 第2章 もう仕事に行けない…!「うつ病復帰」から地獄の闘いへ | 第3章 うつ復帰からの地獄の闘い 〜その後の話〜 | 第4章 うつ復帰からの地獄の闘い〜とりあえずの完結編〜 | 第5章 うつ病からの生還 〜その後の話〜


HOMEに戻る

パニック障害とは? | うつ病は「ココロの風邪」 | 入院体験記 | 「小児てんかん」について | ココロの豆知識 | 親バカの部屋 | すずめの止まり木 | 癒しのぺっとる〜む | お星のお部屋 | 私のリヴリーの部屋 | ここがヘンだよ公務員 | 「障害者“自殺”支援法」をぶっ潰せ!